大判例

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福岡高等裁判所 昭和49年(ネ)311号 判決

控訴人

有限会社大橋商事

右代表者

大橋豊

右訴訟代理人

水上学

被控訴人

森内伊三郎

被控訴人

森内スミエ

右両名訴訟代理人

竹中敏彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の関係は、次のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるので、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  訴外阿部の本件加害行為は、控訴人の事業の執行に付きなされたものでないことは勿論、事業の執行と密接な関係を有するものでもないから控訴人に民法七一五条の責任はない。

すなわち、本件加害行為は、控訴人経営のカクテルコーナー「アミーゴ」の古参のバーテンで、業務により精通していた、訴外亡森内が、入社間もない新参の三才年上の同じくバーテンであつた訴外阿部に対し、かねて、先輩風を吹かし阿部を店のしきたりに反し「さん」をつけないで呼び捨てにし、新米だとして馬鹿にする態度を示していたうえ訴外阿部の女友達である訴外飯田弘子に対し「バーの女ではないか。」「おれのカウンターへ来いよ。」と申し向ける等して常々同女並びに阿部に嫌がらせをしていたばかりでなく、事件の前日午後九時頃にも、訴外阿部と話をしている同女に対して「きれいじやねえじやねえか。」と悪し様に言い、更に事故当日の午前一時三〇分頃にも自分の受持の第二カウンターに来た訴外阿部に対して、「新米のくせに酔つぱらつて生意気だ。」と悪しざまに言つたので、同訴外人において憤激のあまり右森内を包丁で突き刺したことによつて生じたものである。

右の加害行為の経過を客観的に見ると、訴外阿部の行為は単純な喧嘩、斗争であり、それがたまたま就業時間内に控訴人の店内で行なわれたにすぎないものであつて控訴人の事業の執行もしくは事業の執行と密接な関係のあるものとは到底いうことができない。

(二)  控訴人には、被用者訴外阿部の選任、監督について何らの過失もないから民法七一五条の責任はない。

すなわち、控訴人は、訴外阿部を採用するに当り、履歴書を提出させたうえ控訴人代表者大橋豊において、訴外阿部に面接し、同人に交通事故以外の事故経歴がなく、人物もしつかりして礼儀正しいという好印象をもつたので採用を決したのである。また、控訴人の支配人訴外中山吉隆は、訴外阿部を含めた出勤時の各従業員の点呼のあと、全員に毎日の注意や努力目標などを伝え、控訴人代表者大橋豊も同様なことを再三行ない、さらに右控訴人代表者大橋は従業員の飲酒を厳禁し、客から勧められても断るよう指示していた。したがつて、店内で飲酒する従業員は皆無とはいえないまでも、ほとんど無く、従業員間の暴力ざたはかつて一件もなかつたのである。また本件事故当日は、訴外阿部はさほどふらつくほどではなかつたが、言葉が少しおかしい感じであつたため、前記支配人が更衣室に連れて行き寝かせる処置をとつたほどであつて、通常考えられる監督はしていたのである。もとより訴外亡森内の訴外阿部に対する異常とさえ思える反感と執よう不穏当な言動が予測されたならば、本件事故当日訴外阿部を単に更衣室で寝かせるだけの処置でなく帰宅させる方法を講ずることによつて本件事故は避けられたであろうが、そこまで予測することは、到底不可能であつたといわねばならない。

(三)  前記(一)、(二)で述べたとおり、本件は、訴外亡森内が年上の訴外阿部に対して同人はもとより、その女友達まで中傷したことに端を発して生じたもので、通常の従業員には考えられないような訴外亡森内の非常識な言動に起因するものであつたから、かりに、控訴人に損害賠償責任があるとしても、本件は、専ら、訴外亡森内の故意、過失により生じたものであり、その点を斟酌されるべきである。

二、被控訴人らの主張

控訴人の右主張はいずれも争う。

三、証拠関係〈略〉

理由

当裁判所も被控訴人らの本訴請求は原判決認容の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は次のとおり附加訂正するほかは原判決理由説示と同一であるのでこれを引用する。

一原判決四枚目裏八行目に「死亡したこと、」とある次に「本件は訴外阿部の勤務時間中に発生したものであること、」を加える。

二原判決理由の第二項全文を次のとおり改める。

「二 そこで、訴外阿部の右加害行為が控訴人の事業の執行につきなされたものであるか否かについて検討するに、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

控訴人経営の前記カクテルコーナー「アミーゴ」の開店は午後五時、閉店は翌日午前二時であり、同店従業員の勤務時間は午後四時から翌日午前二時頃までであつたこと、控訴人代表者大橋はかねてより従業員に対し店内での飲酒を禁止していたこと、訴外阿部及び訴外亡森内はともに同店のバーテンをしていたものであり、訴外亡森内は訴外阿部よりも年下であつたが、同店に勤め初めたのが早いので、つねづね入社間もない訴外阿部に対し先輩風を吹かせ、年下でありながら同訴外人を呼びすてにしていたこと、本件事件の数日前に、訴外亡森内は訴外阿部の女友達である訴外飯田弘子に対し、「バーの女ではないか」等と申し向けて嫌味を言い、さらに本件事件前日である昭和四六年五月一日午後九時頃訴外阿部と話をしていた同女に対して「きれいじやねえじやないか」等と悪口を言つたりしたので、訴外阿部は訴外亡森内に対し反感をもつていたこと、訴外阿部は、同日午後一〇時頃から店内で客に勧められて酒を飲み初め、翌日の午前〇時三〇分過頃には酔がまわり受持の第一カウンターを離れて店内をあちこちと客に言葉をかけて歩き回つたりしていたが、さらに同店の第三カウンターで同僚のバーテンにウイスキーを飲ませてもらつたりしたこと、訴外亡森内は、同日午前一時三〇分頃、このように訴外阿部が、かねて控訴人代表者大橋から店内での飲酒を禁止されていたにもかかわらず、執務中に酒を飲み酔つているので、「新米のくせに酒に酔つて生意気な、酒を飲むな。」と先輩として注意したこと、これに対し、訴外阿部は、つねづね前示のような経過で訴外亡森内に対し反感を持つていたので、酒の酔も手伝つて、一時に怒りが爆発し、自己の受持の第一カウンターから日頃業務に使用していた刃渡り約一八センチメートルの庖丁を持ち出して第二カウンターに入り、同カウンター内で本件加害行為に及んだこと、以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定事実及び前記争いのない事実によれば、本件加害行為は、控訴人の被用者訴外阿部が、控訴人代表者大橋から禁止されていたにもかかわらず執務中に飲酒し酔つていたのを同僚の訴外亡森内から注意されたことを直接の契機とするものであり、かつ、加害者たる訴外阿部によりその勤務時間内に、控訴人の店内で、業務に用いられる庖丁を使用してなされたものであつて、訴外亡森内及び被控訴人らが訴外阿部の右行為により被つた後記損害は、控訴人の事業の執行と密接な関連を有すると認められる行為によつて発生したものというべきであるから、控訴人は民法七一五条一項により被用者である訴外阿部が被控訴人らに加えた右損害を賠償する義務あることとなる。

控訴人は、前記事実欄一の(一)記載のとおりの経過があるので、これを客観的に見ると、訴外阿部の行為は単純な喧嘩斗争であつて、控訴人の事業の執行につきなされたものではない旨主張するので検討してみるに、なるほど訴外阿部が本件加害行為をなすに至るまでほぼ控訴人主張のとおりの経過事実の存することが認められることは先に判示したとおりであるけれども、かかる一連の事実を評価するに前判示のとおり、本件加害行為は訴外阿部の事業の執行行為と密接な関連を有する行為から発生したものと認められるのであるから、右事実の経過をもつて単なる喧嘩、斗争とみるべきものではない。したがつて右主張は失当である。

次に、控訴人は、被用者訴外阿部の選任、監督につき過失はなかつた旨主張するので考えてみるに、〈証拠〉によれば、控訴人代表者大橋は訴外阿部に履歴書を提出させ、右大橋と控訴人のマネージヤー訴外中山吉隆とが右阿部に面接して同訴外人が真面目でうわついたところがなく、真剣に生活に取り組んでいる様子であつたので採用することとしたこと、控訴人経営の前記「アミーゴ」では毎日出勤時に右マネージヤーの中山が点呼をとり、種々の仕事上の注意を与え、また、終業時にもミーテイングをして反省をしたりしていたこと、控訴人代表者大橋は、一日に数回店内の見廻りをして従業員に対し注意を与え、店内での飲酒を禁止していたことが認められるが、他方では成立に争いのない甲第九、第一五号証によれば、訴外阿部は深酔いをするとしつこくなり他人を困らせることが従業員に知られており、店内における禁酒の指示も必ずしも守られていなかつたことがうかがえるのみならず、前示のとおり訴外阿部は本件加害行為の二、三時間前から店内で酒を飲み、酔つて店内を歩きまわつていたりしていたが結局本件のような態様の加害行為に及んだものであることが認められるから、右のような加害行為を予測することに困難があつたとしても、未だ控訴人において訴外阿部の選任監督について相当の注意をしていたものとは言い難い。もつとも、控訴人は支配人の訴外中山か訴外阿部を更衣室に連れて行き寝かせた旨主張し、前掲甲第一二号証の訴外中山吉隆の供述調書には右主張にそう記載部分があるが、当審における控訴人代表者大橋豊尋問の結果によれば、右中山の供述記載部分は、同訴外人が、訴外亡森内や、訴外阿部のためを考えてした偽りの供述を記載したものと考えられるというのであり信用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、前示認定事実によれば、本件の発生について訴外森内にも落度があつたものというべきであるから、損害賠償額の算定に当つて、この点を斟酌するのが相当である。」

三原判決六枚目裏一三行目に「前示認定の事実および」とあるのを「前示認定の事実および争いのない事実ならびに」と改める。

よつて、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(生田謙二 右田堯雄 日浦人司)

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